壊れてしまったもの

ウワサ

それは、マルの耳にも入ってきた。
近所の、私の絵の師匠がフランスへ家族で移住して、そのあと住み始めた夫婦のことだ。

師匠がなにもいわず旅立ったので、私はいつものようにお歳暮を持って、その家のチャイムを鳴らした。出てきたのは、見知らぬ夫婦。驚いた。
事情を聞き、師匠を恨みながらもせっかくだからとお歳暮を渡すと、その夫婦は私を快く居間へ招き入れ、お茶まで出してくれた。それが、Hさん夫婦だった。
一人息子は独立し、今は二人で住んでいる。それからたまに、話をしたり、お茶をごちそうになったりしたのだ。

そのとき、うちが地区のゴミ当番で、見慣れないゴミ袋が玄関に置いてあり、母が言うには、そのHさんの家から出されたゴミで、急に分別がされてなくなっており、ご近所でも迷惑がられているという話だった。
仕事上がりの私は、着替えて、ゴミ袋とそのゴミを持って、Hさんの家に行った。

いらないもの、壊れたもの

でてきたのは、旦那さんだった。ついこないだ、見たのとは別人のような顔。私はゴミを持ち上げた。
「分別、わからないのではないですか?」
旦那さんは、その一言で私がすべてを理解したことを理解した。うつむいた。
私は構わず、おじゃましますと家に入った。
廊下にはホコリ。部屋は洗濯物が散らばっている。2階建てだが、人の気配はない。
とりあえずゴミを置き、洗濯物を集めて洗濯機へ。師匠の家なので勝手はわかる。
ほうきで廊下を掃き、ホコリを外へとりあえず逃がす。
新聞紙を引き、ゴミをぶちまけた。その間、旦那さんは立ち尽くしていた。
ゴミは、宛名の入った封筒がそのまま入っているような状態。これでは、うちが出したといわんばかりだ。
ハサミを持ってくるように言い、丁寧に分別を教えた。

「妻がね」
Hさんは封筒の宛名をハサミできざみながら話した。
「出て行ったんです。些細なケンカで。」
そうですか、私はペットボトルのラベルをはがしながら相槌をうった。
「自分がいないとどれだけ困るか、知ればいいわって。」
それで困っているんですか?私は聞いた。
「ええ、正直、こんなに大変だとは思わなかった。」
Hさんはいつものひとなつこそうな笑いを見せた。
「明日、妻の実家に迎えに行きます。」
ゴミをだしたらね、そう言って黙った。
そうですね、いらないものを捨てて、壊れたものを修理すればいい。ゆっくりと。
私は返事をしなかった。