ミルク入りのコーヒー

進めない恋

「それでねー彼がまたあたしに会いたいっていってくれたんだー」
それは今日でもう5回聞いた。マルはへぇ、と初回からずっとトーンの変わらない気のない返事をした。
私は寂れた裏通りにある、小さなシャンデリアのついた、いつものカフェのいつもの席に腰掛けながら、いつもの相手からいつもの話を聞く。

「あたしといると一番落ち着くんだって」
それももう4回聞いた。目の前のイチゴのショートクリームを食べ終わった私は、そこでようやくいつもの問いを口にすることにすると、彼女はいつものように空になったコーヒーカップを見て、それでもいいの、と小さく答えた。

恋とは人を狂わせる。
まるでコーヒーに入れるミルクのよう。
それを入れると一瞬で色も中身も変わるの。

彼女はいわゆる、不倫の恋。
既婚者の相手に恋をして、ずるずるずるずる関係が続いてしまっている状態。
決してどこにも辿り着けない。
それは彼女も分かっていた。

彼女を心配する私の言葉に、それでもいいのと答えて、けらけらと笑うけれども、最近はその顔に陰りが増えたのを私は見逃さなかった。
それでもいいの、それでもいいのと自分をすり減らし続ける彼女は、もしかしていつか小さくなって、そしてなくなってしまうかもしれない。

ある日、いつもの時間のいつものカフェに、頬に涙の跡を付けた彼女がやってきた。
私はそれを指摘せず、黙って目の前のコーヒーに手を伸ばした。
一口飲んで、やっぱりシックなブラックに限る、と思った。

彼女が、その日一回目の“いつもの話”を口にした。
それは私に対していっていたわけじゃないんだ、と気がついた。